【連載】れいコラム No.40 「れいコラム」今までとこれから #つながって一緒に変える

「何も知らずにいた3年前の自分に訴える」をテーマに、2022年10月から統一地方選の予定候補として活動してきました。「つながって一緒に世の中を変えよう」と呼びかけました。

選挙での当選はなりませんでしたが、伝えたいテーマはそのままに、2023年5月から「れいコラム」の連載をスタートしました。
市議会議員とばめぐみさんが毎週発行する「とばめぐみニュース」上で、政治や人権に関する等身大の発見を綴ってきました。

とば市議の名前で発行され不特定多数の方が目にするニュースに、毎週、文章を書かせて頂く…。それは私にとって大きなチャレンジでした。
「読んでるよ!」の声に励まされ、懸命に学んだ1年弱でしたが、体力的な問題で、「とばめぐみニュース」での連載は今回で終了させて頂く事になりました。

これまで読んで下さった皆様に、そして私にこの上ない成長の機会を与えて下さったとば市議に、心からお礼を申し上げます。
「れいコラム」は今後も随時、ブログとSNSで続けていくつもりですので、今後ともよろしくお願い致します。

今までとこれから #つながって一緒に変える

【連載】れいコラム No.30 『#人権週間』だったのか…!

「ご存じですか? 12月3日から10日まで『人権週間』です」 先日子どもがもらってきた「学校だより」に、そんな校長先生のコラムが載っていました。
調べてみると 「人権週間」 とは、1948年に国連で 「世界人権宣言」 が採択された事を記念して、その翌年から国内で定められた 「人権に関する啓発期間」 の事でした。48歳にして初めて知りました。

「人権」 という、あらゆる権利の根本にあると言ってもいい重要な概念が、日本では十分 「啓発」 されていないように思います。そして、今私達の周りで立て続けに起きている様々な異常は、「人権がまともに守られていない」 という事に集約されるように思います。

校長先生のコラムには、「わが校では、低学年は 『差別に気づく』、中学年は 『差別をしない』、高学年は 『差別を許さない』 を重点として取り組んでいます」 とありました。
「人権意識」 は、人権問題だと 「気づく」 事から始まり、育てていくものなのだ…と気づかされました。

#人権週間』だったのか…!

【連載】れいコラム No.29 それは疲れるよね… #昼休み

私の子どもは今、小5と小2ですが、2人とも 「疲れた」 「勉強が嫌い」 「学校を休みたい」 と、よく言います。
遊びざかりの年頃で、友達もいて、授業がわからないわけでもなさそうなのに、なぜ休みたがるのだろう…と、不思議に思っていました。

そんなある日、子ども達の時間割を見ていて、「昼休み」が全くない日が週2日ある事に気づきました。
給食後、簡単にゴミ拾いをしてすぐ5時間目。残り3日も掃除後の15分だけが昼休み。そして放課後は急かされて下校。
私の小学生時代は、確か昼休みは午前中の20分休みより長く、掃除は放課後にして、帰りに図書室に寄ったりする事もできたのに…。

教員経験者の方に聞いた所、今は先生方が多忙で、研修時間確保のため子どもを早く帰さざるを得ないとの事でした。
先生方の厳しい働き方と、それが子どもにもそのまま反映している問題を、改めて見た思いです。

れいコラムNo.29 それは疲れるよね… #昼休み #放課後

【連載】れいコラム No.28 袴田さん事件を知って #袴田事件

共産党の先輩から教えられて、今年から「国民救援会」の会員になっています。国民救援会は、冤罪事件被害者の支援活動などを行っている人権団体です。会報を読み、「冤罪」というあってはならないはずの事が、現実には少なくない事を知りました。そしてその背景に自白の強要問題や、再審請求が容易に通らない制度上の問題がある事を知りました。

袴田巌さんの冤罪事件について、最近の報道で知りました。袴田さんは1966年の逮捕以来57年間、無実を訴えてきました。2014年、再審請求を受けた静岡地裁の村田裁判官(当時)が「証拠は捜査機関による捏造の疑いあり」と踏み込んだ上、「これ以上の拘置は耐えがたいほど正義に反する」と述べて釈放を決めました。今、再審が戦われています。検察側の往生際の悪さに憤るとともに、袴田さんと支援者の方々の頑張りに心打たれ、一刻も早い無罪確定を願っています。

れいコラム No.28 袴田さん事件を知って #袴田事件 #日本国民救援会

【連載】れいコラム No.23「放置」とは違います #県虐待禁止条例

(このコラムを最初に書いた10月7日時点、埼玉県議会で自民党が提出したある条例案に、日本全国がびっくりしていました。事の顛末も踏まえ、加筆して改めてアップさせて頂きます。)

埼玉県では、子どもは1人で家にいてはいけない。子どもだけで外で遊ぶのもいけない、登下校さえもいけない。なぜなら、それは「放置」であり「虐待」だから…。 「放置や置き去りによる悲惨な事件をなくすため」と称して、自民党埼玉県議団がそんな条例案を、 9/28に突如として提起しました。
自民党+公明党の2党によって数の力で委員会を押し通し、10/13の本会議でも同様に2党で可決する構えを見せました。

共産党などの質問により、多くの子育て家庭で普通に行われている光景が「放置」「虐待」と決めつけられる事が明らかになりました。議会はもちろん日本全国が驚き、マスコミも 「頭おかしい条例」 などと大きく報じました。
新婦人、さいたま市PTA協議会など多くの市民団体が異議を唱え、わずか1週間少々のうちに反対署名が10万筆を超えました。
さすがの自民党も慌てて、本会議での採決は見送られ、団長の田村たくみ氏が 「説明不足」 をわびる、という顛末になりました。

子育ての実際を知ろうともせず、何と雑な発想か…と驚きます。共産党など多くの人が、保護者にあまりに非現実的な負担を一方的に押し付ける内容に怒りの声を上げていました。でも私は、子ども達の自由を大きく制限する内容である事に、まず驚きと憤りを感じました。
子どもとその保護者の意思や判断、選択を尊重せず、現実離れした広範な禁止事項を突然定め、負担を強制してはばからない。直近の他の問題でも感じてきた、自民党による 「人権」を軽視する政治が、典型的に表れたと思います。
子どもや保護者(特に母親)を特になめている事の表れでもあると思います。例えば「高齢者による悲惨な事故をなくすため、〇〇歳になったら免許強制返納!」などという事は、彼らは言わないはずです。

当然ですが虐待をなくすためには、貧困対策や親も含めた子育て支援こそ必要であり、政治の仕事だと思います。自民党埼玉県議団は、ろくに現実を把握もできていないのに上からズレた禁止事項を振りかざしている暇があるなら、本気を見せてほしいと思います。賛成した公明党も。

【連載】れいコラム No.21 「#採算」という考え方

先日の連休中に仕事が入り、子どもを見てあげられないので実家に連れて行きました。
実家は神奈川県の茅ケ崎市にある 「湘南ライフタウン」 という大きな住宅街の中にあります。どの鉄道の駅からもたっぷり離れていますが、神奈中バスが入っており、朝夜の通勤時間帯以外でも1時間に数本の便があり、行先も4駅、色々なコースがあります。

実家で父親と雑談している際、「ここ(実家)は駅からは遠いけれど、バスが充実しているからいいね」 という話になりました。
「私が住んでいる見沼区は、特に南側の方は、駅から遠くバスも少ない地域が結構あるよ」
「コミュニティバスをもっと走らせてほしいけど、「収支率40%」の要件があるんだよ」
すると父が、
「今後、人口も税収も減っていくので、不採算路線の廃止や縮小は必然だろう」
との趣旨の事を言い、うーん、と考えさせられました。

「採算」という言葉を出されると、しょんぼり諦めそうになる自分がいます。
長年企業で働き、求められてきた考え方だからだと思います。

でも、そもそも自治体の目的は利潤を生み出す事ではないはずです。
私達も自治体に雇用されているわけではなく。逆に自治体に税金を託しているのが私達で。
自治体が追求するものは、利潤ではなく住民の人権のはずだと思うのです。

使えるお金に上限があるのは当然ですが、可能な限り住民に広く還元するのが筋だと思います。
今、さいたま市内のあちこちで進んでいる、一体どこの誰のため?と不思議に思うような大規模開発。
それにたっぷりつぎ込んでいるお金には手を付けずに、福祉関係の課題にだけそのセリフを言うのは、利権優先の言い訳でしかないと思うのです。

例えばバス網を充実させる事により得られるものは、収支率よりもっと大きいもののはずです。
「どこに住んでも、幾つになっても、車がなくても、安心して暮らせる」それは人権であり、地域振興であり、格差是正でもあり、子育て支援にも繋がり、景気対策にも繋がっていくのではないのでしょうか。

【連載】れいコラム No.20 #この3年半で

この3年半で「生まれ変わった」といってもいいほど、世の中の見え方が変わりました。
知るべきなのに知らなかった事が山ほどある事を知りました。政治。日本の社会。人権。民主主義…。

当初、私はあまりに楽観的でした。「このコロナ禍で、私がそうだったように皆が政治の異常に気づき、投票に行き、政権交代が起き、日本がよくなるだろう!」と。
でも現実は違いました。署名を集めても、宣伝しても、投票に行っても、状況はビクともせず、むしろ加速して悪化していく…。

私には「基礎」がない、と痛感します。歴史を知らず、「人権」も「民主主義」も知らず、学校で覚えたのは「集団のルールに従い効率よくこなす」事でした。おそらく私だけの問題ではないと思います。
それでも、諦めるには不条理すぎるし、子どもの未来を思えば何かせずにはいられない…。そんな思いで、自分が今すべき事を探しています。

【連載】れいコラム No.19 #人権

ジャニー喜多川氏による性的虐待の「うわさ」を、私も以前聞いた事がありましたが、半信半疑のまま聞き流してしまっていました。
今こうして大問題になってようやく、自分の「人権感覚」の鈍さに気づき、愕然としています。

ジャニーズとして成功するためには、ジャニーさんの「性癖」につきあわなければならない…。それが「公然の秘密」であり「暗黙のルール」だったのではないでしょうか。
人権よりも、物事の善悪よりも、権力者の意向を重んじる社会。お互いに牽制しあい、「秩序」を乱す者は黙殺したり、疎外したり、叩いたりする社会…。ジャニーズ事務所の問題を通じて、日本社会の問題に気づかされた思いです。

日本で生まれ育ち、「同調圧力」を無意識に強烈に受けてきた一方で、「人権」という言葉の意味は、日本共産党に入党するまで考えた事もありませんでした。
気づいた今、そんな自分も社会も、変えていきたいと思っています。